9月4日(日)、一般社団法人羽島青年会議所(以下、羽島JC)の家族例会が
当社の平方(カーペット)工場で開催されました。
羽島JCは、「明るく豊かな社会の実現」という高い理想を掲げ
まちづくり、ひとづくり運動を進めている団体です。
今年度は、髙砂理事長の掲げる「共育創生」というスローガンのもと
地元羽島のために様々な活動をされています。
当日は、羽島JCのメンバーの皆様とそのご家族の皆様をお迎えして
家族例会が無事に開催されました。
今回は、お子様も多数いらっしゃるとのことで
工場見学だけではなく、様々なイベントも設けさせて頂きました。
工場見学では、せっかく皆様にお越し頂くということで
休日ではありましたが一部の機械を稼働させ見学して頂きました。
当社の誇るCJ(コンピュータジェット)機の前では
実際に機械が目の前でカーペットにプリントしていく光景に
お子様だけでなく大人からも歓声があがり
お子様たちも興奮した様子で機械に見入っていました。
工場見学終了後は実際にオリジナルのカーペットを作成しようということで
白いカーペットにそれぞれ思い思いの絵を描いて頂きました。
お子様たちの真剣な眼差しと、
普段家では見せない集中力でカーペットに絵を描く光景に、
参加された親御さんからも、驚きの声が上がっていました。
何より、作成中のお子様たちの真剣な顔と
作成後には嬉しそうにそのカーペットを見つめる笑顔から
ものづくりの尊さを改めて感じました。
今回、こうしたイベントを当社で開催させて頂き
地域との交流の大切さと同時に
このような機会を今後も積極的に持つべきだと強く感じました。
ある親御さんからは
お子様がご自身で作られたカーペットを宝物のように玄関に飾り
毎日眺めているということを聞きました。
そうした言葉を耳にし、私たちが携わるカーペットの持つ魅力と
その秘めたる力に気づくことができました。
今回の機会を通して、人の心を動かすものづくりに
邁進して行こうと強く感じた一日になりました。
一般社団法人羽島青年会議所様
ご参加頂いた皆さま
大変ありがとうございました。
今年も世界最大のコントラクト向けインテリア見本市「NEOCON2016」が
6月13日から15日までの3日間、アメリカのシカゴで開催されました。
世界のインテリア業界で最も注目される見本市がこのNEOCON。
会場は世界中から集まった建築家やデザイナー、製造業者、販売業者などであふれ
展示や新製品紹介の見本市に加えて、発表会や研修会も開催され、刺激的な3日間となります。
今年も昨年以上ににぎわい、700社以上のインテリア・家具メーカー、ファブリックメーカーなどが出展し
世界各地から53,000人もの来場がありました。
ネオコンとは 「NEO CONVERGENCE(新しい集会)」を縮めた造語で
1969年から続き今年で48回目を迎える見本市です。
会場はシカゴ川に沿って建つマーチャンダイズマートで行なわれ
例年ハセトラからも現地に赴き、インテリア業界のトレンド動向を視察しています。
シカゴといえば、ダウンタウンを環状に走る高架鉄道CTA(ザ・ループ)。
「ザ・ループ」が目に飛び込むと、途端に“シカゴらしい”景色になります。
シカゴの街は、その美しい都市景観から映画やドラマの舞台になることも多く
個人的には、昔よく見ていた海外ドラマ「ER緊急救命室」の通勤場面や
映画「アンタッチャブル」のユニオン駅や「ブルースブラザース」等が懐かしく
まるで映画の世界に入り込んでいるようでした。
さて、カーペットについてですが
欧米の大手メーカーはほとんどが出展しており
各々が個性を主張した商品構成とブースとなっていました。
全体を通しては、おそらく流行色なのだと思われますが
各社黒グレーとブルーを組み合わせた配色が非常に多かったように思います。
また、オフィスの新たな傾向が顕著に見て取れました。
まるで「オフィスのリビング化」!!
温かみのある色合いや曲線を強調したスツール等
リラックスできるオフィス空間の提案が多く見られました。
以前は男性が大半だったオフィスで、多くの女性が働くようになったため
女性をターゲットにした空間演出の提案が増えたのではないかと考えられます。
最後に、テキスタイルの起源でもある織物からの発想が特に印象的でした。
日本の「さをり織」からのインスピレーションを商品化したメーカーもあり
織物の温かさを表現する上で、カーペットはうってつけのアイテムではないかと思いました。
伝統と最新の技術を融合させ、今までにないアイデアの商品をご提供することが
これからの時代には必要になってくると感じました。
ハセトラでもカーペットメーカーとして長年培ってきた技術と
CJプリントという最新の技術を活用し
カーペットに新たな価値を表現していきたいと思います。
次回のNEOCONは2017年6月12日~14日
建築の街シカゴで学んだ最新のトレンドと刺激を元に
今後も“インテリアを通じて、より良い環境を作ること”という想いのもと
お客様にお喜び頂ける商品をご提供できるよう
誠心誠意取り組んでまいります。
今後とも長谷虎紡績株式会社を
どうぞよろしくお願いします。
弊社のCJを活用した施工事例はこちら
↓↓↓
海と山を有する、美しい港町「神戸」にある
OSシネマズミント神戸様の9F、11F通路にて
ハセトラのカーペットをご使用頂いております。
港町に位置し
三宮最大級の座席数とゆったりシートを有する
OSシネマズミント神戸様にふさわしく
壮大な水の流れをイメージして作られた
Sae6th『The art of Earth』より
生命の源である水が育まれ幾重にも流れゆく様を表現している
「Suiryu(スイリュウ)」をご提案させて頂きました。
劇場へ続く通路を、ゆったりと重なり合う流線柄の
「Suiryu(スイリュウ)」で演出することで
お客様に、映画館での心地よい空間と
鑑賞後の映画の余韻を味わって頂ければと思っております。
さて、ここで
カーペットの楽しみ方を1つご紹介させて頂きます。
OSシネマズミント神戸様では
カーペットを「順目貼り」という方法で施工しています。
順目貼りとは
タイルカーペットを床面に敷き詰めていく貼り方の一種で
具体的には、タイルカーペットのパイルの目の方向を
同一方向に揃えて床仕上げを行う貼り方のことをいいます。
この方法でカーペットを並べていくと
上の写真のように水流の畝が目立ちます。
また、見る方向を90度変えると
下の写真のようにモダンなボーダー柄に見え
1つのカーペットで2つの見え方をお楽しみ頂けます。
様々な映画をお楽しみ頂く空間に相応しくなるように
足元にも遊び心をプラスしたいとの想いから
カーペットの貼り方もご提案させて頂きました。
(順目貼りには適している柄と、そうでない柄があるので
ご希望の際は担当営業にご相談ください)
OSシネマズミント神戸様にお越しの際は
素晴らしい映像とともに
雄大さと遊び心をプラスさせた空間演出も
お楽しみいただけましたら幸いです。
OSシネマズミント神戸は
こちら↓↓↓
http://www.osgroup.co.jp/business/cinema/mint.html
水の潤いのあふれるまち
岐阜県大垣市にある大垣フォーラムホテル様9階廊下にて
ハセトラのカーペットをご愛好頂いております。
9階フロアは、別名「フローラルフロア」と呼ばれており
サフラン、バイオレット、ジャスミンと
美しい花の名前がつけられた
多目的に利用できる特別会場が3つあります。
その9階廊下のデザインのご依頼を賜った時
「フローラルフロア」という名にふさわしい
エレベータを一歩降りた瞬間から
ふんわりした花々が出迎える様子が表現できたらと想い
「各会場までつながる花のアプローチ(花の道)」をコンセプトに
デザインを作成しました。
モチーフとして選んだのは「アネモネ」。
アネモネはギリシア語の「anemos( 風)」に由来し
早春のおだやかな風が吹き始める頃に、鮮やかで可憐な花を咲かせ、
春の訪れを知らせる花として欧米で非常に愛されている花です。
実は、欧州では
夜の闇がしのび足で近づく時、嵐の気配を感じる時に
妖精はアネモネの花に舞い降り
妖精が来たことを感じた花は、その小さな客人を闇から護るため
朝が来るまで、その花弁をそっと閉じ隠れ家(一夜の借宿)となる
と言われているのです。
そんな逸話から
お客様を暖かく迎え入れ、
すばらしい時間と空間をご用意されているホテルのイメージと重ねあわせ
アネモネをモチーフに「花のアプローチ」をデザインしました。
また、深く美くしい藍色は
「水の都、大垣市」をイメージしています。
日本古来から愛されるジャパンブルー(藍色)を基調に
可憐で美しい白のアネモネを表現することで
気品のある空間演出をご提案させて頂きました。
今後も、お客様の想いを表現する
世界に1つだけのオリジナルデザインを作成し
大垣フォーラムホテル様及び、ご来館くださるお客様にもご満足頂けるように
誠心誠意努力精進してまいります。
今後とも長谷虎紡績株式会社を
どうぞよろしくお願い致します。
大垣フォーラムホームページ
↓↓↓
6月1日、本社講堂で創業記念式典が執り行われました。
弊社は明治20年(1887年)創業
今年で創業129年目を迎えることができました。
こうして無事にこの日を迎えることができたのも
多くの方々のお陰でございます。
改めて御礼申し上げます。
この日を迎え
創業者がこの会社を興した思いと
そこに込められた思いをご紹介したいと思います。
【創業者 長谷虎吉】
明治時代、岐阜県羽島市の主な産業は農業で
人々の生活はそれほど豊かとは言えませんでした。
当時、この地方では
養蚕業(※蚕を飼い育てて繭(まゆ)をとること)が盛んでしたが
都市部の仲買人に安く買い叩かれるなど
働けどなかなか豊かにならない状況でした。
また、工業が無いため
地元農家の子弟が親元を離れ
就職しなければならないこともしばしばありました。
【創業当時の工場内の風景】
こうした状況を打開し
地元の農家で育てられる繭を適正な価格で買い取り
農家の生活を少しでも豊にすること
地元を離れなければならなかった人たちを雇用するため
虎吉は一念発起し
明治20年(1887年)に長谷虎紡績株式会社の前身に当たる
長谷製糸会社を創業しました。
言わば、地域と地元民との共存共栄の見地によるものでした。
創業後、事業は順調に発展しますが
世界大恐慌の時代、
2代目を引き継いだ虎吉の長男の勘松は
非常に厳しい経営環境の中、会社を守ろうと力戦奮闘します。
当時の苦心苦労の心境を、次のような歌に詠んでいます。
“血染めても永く守らんわが業を 息のつく間にも悩みつづけて”
厳しい状況に置かれながらも
何とか会社を存続させ従業員を守らなければという
勘松の必死な思いが伝わってきます。
こうした創業者や先人先輩方の思いを
これからも我々は忘れてはならないと思います。
その後も、時代の変化の中、様々な苦難苦境を乗り越え
お陰様で、今日を迎えることができました。
この思いをしっかりと引き継ぎ
当社に関わるすべての人々の幸せのために努力精進し
人々にとって無くてはならない企業となり
150年、200年と永続する企業にしていきたいと思います。